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富山大学教育学部附属教育実践研究指導センター所長である山極先生の講義
「教育方法学特論」の記録及び考察を発信します。
6月24日(火) 黒字は内容。※印は山極先生の解説
テーマ:中央教育審議会「審議のまとめ(その2)」の骨子
第一章 一人一人の能力、適正に応じた教育の在り方→実現は難しいが、気持ちの中にはこういう思いをもって子供と接する。
○「ゆとり」の中で「生きる力」を育むことを目指す。教育における形式的な平等の重視から、個性の尊重(=他者尊重)へ
○ 時代を越えて価値あるもの(不易)を大切にしていく。 =思いやり、社会性、倫理観、正義感等の豊かな人間性の育成。伝統と文化を尊重する心。
※いくら情報化が進展しても変わらない部分をしっかり。それと同時に社会の変化に対応できる柔軟な人間を育てる教育をという視点も大事です。つまり、両者のバランスが大事ということです。
第二章 大学・高等学校の入学者選抜の改善
第一節 過度の受験競争の状況
○ 少子化=受験生の減少=入試を易しく=学力の低下という現象を呼び、大学間の学力格差が拡大していく。しかし、特定の大学・高等学校を巡る受験競争は依然厳しい。
○「ゆとり」の中で「生きる力」をはぐくむ教育の実現には、入学者選抜の在り方の改善、学校歴偏重社会の是正を行う必要がある。
※日本はこれまで、「どこの大学をでたか」というレッテル重視の、学校歴偏重社会でした。しかし、大学に入ることだけを目的に知識を詰め込んできたため、自分で考えることをしないまま大学で何となく時を過ごす人間も多く、企業がこういう人間ばかりを採用していては国際社会で競争できないという現実があります。例えばアメリカでは「何を学んできたか」が重視されているのです。
第二節 大学入学選抜の改善
○ 大学入試の一番の問題は、ペーパーテストに偏重していることである。
・英語=話せない。コミュニケーション能力を高めるためには、受験英語は障害である。
・理科=入試では筆記のみのため、進学校では実験が軽視される。本来は実験能力こそ重視すべき。
・情報の活用能力=評価される機会さえない。
○ 問題点を改善するために
・丁寧な選抜=調査書、小論文、実技検査、推薦状などを組み合わせた、総合的、多面的な評価。文化、スポーツ、ボランティア活動の積極的評価。要するに、ペーパーテストのみに頼らない入試を実施すること。
・小中学校の「生きる力を高める」という方向性を重視する。考え、表現する力を高める学習を展開してきたのに、入試になると記憶力を問われるのでは、ギャップが生まれてしまう。
そのために、
@暗記に頼らない出題、思考力を問う出題などの試験内容・方法の工夫。
A大学から履修科目を指定する。「本大学に入るには、受験科目として選択するかは別として、○○を履修しておくこと」→入試に不要=工学部を受験するのに物理を学習しない=入学後に困っている学生がいる。
Bセンター試験の問題作成に現職の高校関係者を入れる。(大学教員は高校で学習した内容をよく理解しないまま出題することがあるので、高大間の段差を低くする)
Cセンター試験の結果を、複数年度にわたって利用できるようにする。
などなど・・・
※要するに,大学入試に対する固定概念を根っこから切り崩してやろうというのが趣旨です。当然,規制のものを壊されたくない大学関係者からはかなりの反発をうけているらしいですが,『勉学の意欲に燃えた子供を入れること』を前提に考えると選抜方法の多様化が必要だということになります。
《考察》
「高校生が勉学に燃えるわけないじゃん」と思うのは,これまでのやり方を前提にした考えであって,入試の仕組みそのものを「勉強したい子供を入れてやるぞ」という仕組みに変えていこうということです。そして,「自分で勉強したがる子供」というのは小中学校で,今,盛んに言われている「生きる力を身につけた子供」のことだ。
つまり,文部省は小中学校において(下から)は,学校裁量の範囲を非常に大きくして,柔軟に考え発想できる人間の育成を図ると同時に,高校・大学(上)からは,入試方法を大胆に変えることによって,学校歴の偏重を正し,真に人間として価値のある学習とはどういうものかを考えてもらおうとしてるということです。
今までのような,無批判に「イエス」しか言わない人間づくりから,「これをすることにどんな意味があるのか」「それが社会にとって,また自分にとって本当に有益なことなのか」を考える人間づくりへと変貌させていこうということなのでしょう。
これは,小学校ではこれまでも考えられてきたところですが(たぶん),それを,高校・大学まで広げて,整合性をもたせようとしていることに斬新さがあります。逆を言うと,われわれ小学校教員は「『生きる力』というのが,小学校にいる間だけではなく,高校,大学へとつながっている(当然のことなんだけど。)」という視点を安心してもつことができるようになるということです。
自分で考える人間ができちゃえば,あとは,ほっといても生涯学習していくもの。なんたる大胆さ。
第4節 学(校)歴偏重社会の問題
入試方法の改善だけでなく,考え方そのものを変えないければならない。
○企業,官庁の採用昇進の在り方。→学校名にこだわらない採用。能力主義の基づく昇進
すでに一部の企業では始まっている。NTTやPIONEERのような有名企業でもリストラが実施されている。有名大学を出て,有名企業に入れば安心という時代は終わった。
○親を含む国民の意識(「みんなと同じがいい」という横並び意識,同質志向,「同じ年齢の者はどんなに能力があっても同じ学年でなければならない」という年齢主義等)の改革が必要。そのためにはマスコミの意識も変わる必要がある。 個性を尊重し自分で学習することの大切さのわかる子供,「自分さがしの旅」のできる子供へ。
《さらに考察》
ここまで聞いたところで,「そんなこと,できるわけないじゃん」と思ったか「へー,そんな風になったらすごいだろうな」と思ったかによって,思考の硬軟が分かれるような気がする。
「本当にそうなるの」という気持ちは否めないが,実際,世の中がそういう方向に動き始めているというのは,間違いのないことだ。笹原が研究している情報教育の基本的な考え方もこの世の中の動きに対応するものの一部であるといえよう。
これまでの「どこの大学を出たの」という問いかけから,「大学では何を勉強したの」「卒論のテーマは何だったの」という問いかけに変えていこうということだ。今まで,こういう考えとは逆の所のどっぷり浸かって生きてきた人には,社会がこんな風に変わってしまうと大変だろうなぁ。
ただ勘違いしちゃいけないのは「みんながみんなこういう風にならなければならない!」と強制しているわけじゃないということ。「こんな風になっていいのかな,と考えられる人間になろうよ」というようなスタンスで受け取ればいいのかなと思う。
世はまさに多様化の時代。「こうでなければならない」という考え方を改めて,柔軟に,よりよい方向へと考えながら生きていくのが,幸せを招く秘訣かも。
ところで,中教審の答申には,教育関係者は結構強い強制力を(無批判に?)感じると思うが,内容が実施されれば,「これは本当に実施していいものだろうか」と内省し,「よりよくあるためにはどうあるべきか」を考える人間ができあがっていくというのは,ちょっとパラドクスめいているなぁ。