文献報告 No1  このページでは,下記の文献の概要とそれに関する考察を発信します。


学習指導の心理学−考え方の理論と技術−


北尾倫彦(有斐閣,1991.4.30)


目次 《概要》

  1. 学習の動機と自律
  2. 知識と理解
  3. 学習方略の意識化・習慣化
  4. 問題解決学習と授業
  5. 個人差・個性と授業
  6. 授業における指導技術
  7. 学習の目標と評価

   《笹原の考察》


《概要》

第1章 学習の動機と自律

1 学習の動機づけ 

 行動主義心理学における動因よりさらに子どもの内面に
@賞罰や競争よりも自立心を育てる。
・自己を高めたいという欲求
・それを満たすためには学習活動に励む必要があるという認識
・向上の跡が自覚できる評価や学習成果を発表し創造する機会

A知的好奇心を育て,学習への興味・関心を強化する。


2 内発的動機づけ

@最適情報説(外からの刺激による動機づけ,知的好奇心に基礎をおく)

・情報の量
 教科学習において子どもたちが一時的に受け取る情報量が適当なものでなければ,学習動機が発生しない。学習課題の複雑さ(困難度)にしても最適情報量のレベルを間違わないよう配慮する必要がある。(特にゆっくり学習する子どもに対して)

・情報の質
 情報,期待,計画,行為等に生ずる不適合(ずれ)が内発的動機づけを引き起こす。(ハント)刺激の新奇性やあいまいさ,概念や認知の不整合や葛藤などが内的動機づけの決定因である。

・教科学習への指導法への示唆
 子どもたちのもっている考えとの間に不適合がおこるような教材構成の工夫。
  予想に反する結果の出る理科実験。 2つ以上の予想が成り立ち,他者の予想との不適合に気づく場の設定。  重さの保存→角砂糖2個とビーカーの水の重さ。「溶けると重くなる」「軽くなる」「変わらない」


A達成動機論(あまり好きではない内容であっても,重要さ,価値がわかれば学ぶ)
 学習がうまくいけばいくほど,次の学習への意欲が高まる。

・教育への示唆
○自立的な生活を通して達成動機の強化を図る。生活の中で達成動機を育てる。達成動機の高い子どもの方が好ましい学習活動を行う。
○達成動機が起きやすい条件の下で学習を続けることによって,望ましい習慣,態度を育てる。(成功失敗の確率が五分五分の課題。少し能力より上の現実的な課題。)


3 学習における自律自己の責任で学習活動を行うことが理想的な学習者。

 内発的動機づけを強めるだけでなく,自律的に学習するように導くことが肝要。

@自己責任
 単に成功を経験させるよりも,失敗を経験させ,努力を強調する方が動機づけには効果的である。

A自己効力
 効力期待とは,一定の結果に導く行動を自らがうまくやれるかどうかという期待であり,その期待を自ら抱いていることを自覚したときに生じる自信のようなものが自己効力である。 「すでに持っている知識や技能を用いて新しい認知技能を獲得する自分の能力についての信念(自信)を自己効力という。」(シャンク,1984)

 学習にあたって以下の要因が自己効力と深く関わっている。

(1)教授の目的。【何のために学ぶか】「この課題で学んだことがテストで試される」→効力低下
(2)内容の困難度【どんな内容を学ぶか】「課題が易しい」→効力向上
(3)認知的処理【処理の難易度】スペルをおぼえる→記憶力が弱いと思っている子どもの効力低下
(4)方略の訓練【モデリングなど】モデルが方略を利用したり,それを声に出して言うのを見聞きすれば,自分にもできそうであると思うようになる。
(5)教授法【わかりやすい教材提示。時間の保証】教師が子どもの能力を信じていると思いこませる教授法。以前うまくいったことの確認。
(6)遂行のフィードバック【「それでよろしい」「あなたはよくやっていますよ」という教師からのフィードバック。】教師からのフィードバックがなければ,子どもたちは学習の進行を知ることはできない。
(7)モデリング【教師や級友の行動の観察によるモデリング】「自分でできる」と思わせる。モデルを数多く観察するほど効果は大きい。
(8)目標設定【特殊性(具体性),困難度,遠近】特殊化された具体的な目標,少し困難な目標,近い目標の方が効力が高まる。
(9)報酬【実際の活動に結びつけられて与えられた報酬】自分の進歩を記録し,報酬への期待が確かなものになれば効力も高まる。
(10)帰属のフィードバック【「力があるから成功した」「努力したから成功した」】

 教師や親からの評価が大きな圧力として子どもたちに作用し,子ども自身が自らの学習についての情報を得る機会がない状況では内発的動機づけが弱められる。しかし,日常の指導において,子どもが自己評価を行い,その情報によって自らをコントロールするように導いておけば,外的評価が逆に子どもの有能感や自己決定の感情を高め,内発的動機づけを増大させる。外的評価が本人にとって納得のいくものであり,それによってさらに自己効力が増すような教育指導のあり方が追求されるべきである。


第2章 知識と理解

1 知識のネットワーク

 知識は頭の中に貯蔵されているのであるが,バラバラな状態ではなく,網の目のようにネットワークを形成して貯蔵されていると考えられる。多量の知識の大部分は,不活性状態にある。他の命題が与えられたときに,命題ネットワークが活性化したり,自由連想によって活性化が広がったりする。これが思考過程である。知識の量よりも,いかに活性化されやすい状態で貯蔵するかが問題になる。

 知識には階層性がある。○カナリヤは黄色い ?カナリヤには皮がある ○動物には皮がある

 手続的知識=「岩をハンマーでたたき,砕けないならば,岩を火成岩として分類する」宣言的知識=「それは何である」。日常生活のためには「もし・・・」「・・・のためには・・・」というやり方や手続に関する動的な知識が必要。表現される知識の背後にあるものを学びとらせ,知識を活用する場を多くすることによって,生きた知識が形成されるように導くべきである。


2 知識の精緻化


 入力された情報に,既知の情報から何かを付加したり,関連づけたり,変換したりする処理過程。「A君は100m走で転んだ。彼は先生にほめられた。」という文章に対して「A君は転んだけれども,最後まであきらめずに,立ち上がって走り続けたからほめられた。」と既有の知識構造から付加して解釈し直す。

 精緻化を促すことが知識の獲得にとって重要。「よく考えながら学習させる」「前に習ったことと関連づけて教える」「子どもたちの生活体験と関連づけて話す」など。



第3章 学習方略の意識化・習慣化

1 学習方略

 外界から情報を受け取り,処理する過程は,その人の主体的な計画や意図によってコントロールされる。たとえば,入力された情報をそのままにしておくと忘却しやすいので,頭の中で何度もリハーサルを行い,長く覚えておこうとする。こういうコントロールを方略という。


2 メタ認知

@自ら認めた認知過程の知識:期待や感情と結びついた個人的・情緒的な知識。
A自ら認めた認知過程の制御:自ら意識的に行う,計画,評価,修正といった制御過程。

 どちらも学習者が明確に意識しているものであり,相互に密接に関連している。
 単に方略を教え獲得させるだけでなく,自ら方略に気づき,熟慮するように仕向け,そこで得た知識を意識的に使うよう導くならば,永く持続し,他の課題の解決にも役立つ。

 メタ認知の獲得によって,子どもたちが自らの学習をコントロールできるようになったとき,自己学習の仕方と構えが形成されたといえる。



第4章 問題解決学習と授業

1 問題解決のプロセス

・問題解決を成功させる個体的要因
 知能が問題解決の条件となるが,操作の数が多くなると,同時にいくつかの操作を行う必要があり,それだけ多くの作動記憶の容量を必要とする。その記憶容量の個人差が問題解決を規定している。
 方略のちがいとしてとらえる立場もある。「できる」「できない」だけでなく「どのように考えるか」に着目して個人差をとらえるならば,問題解決学習についての指導上のヒントが得られる。


2 問題解決学習を導く授業

 問題解決学習では,学習者の主体性が重視され,子供の活動を中心とした授業を組もうとする。しかし,子どもの発言内容が教科書の言葉そのままであったり,教師や級友の発言に同調しているにすぎない場合がある。
 主体的であるとは,発言や行動の判断基準が自分自身の側に確立していることであり,子どもが自分の考えを持ち,解決課程の中でその考えを自ら修正・発展させていく思考をともなうことである。



第5章 個人差・個性と授業

・求同求異
 すべての子どもを同じ学習レベルまで近づけようとする考え方を求同といい,一人一人の質的な学力のちがいをさらに大きくしようとする考えを求異とする。求同は,量的な学力の均等化をねらう教育であり,求異は質的な学力の個性化をねらう教育とも言える。教育の対象である子供たちの間の学力の差を小さくする方向での働きかけと,差(質的)を大きくする方向での働きかけが共にあってしかるべきであるという考え方。
 基礎・基本といわれる学力については,全員を一定のレベルまで到達させるべきであり,求同の立場からの指導を徹底することによって,おちこぼしの解消を図る必要がある。他方,一人一人の個性的な学力の発達を可能にするための学力については,求異の立場から指導し,学習の事後状態が質的に異なるようにするべきである。
 目標に関する求同求異の区別と同時に,方法に関しても求同求異の区別を必要とする。両者の組み合わせにより4通りの指導法が考えられる。



第6章 授業における指導技術

 共同学習の成功のためには,集団の中での話し合いが積極的に行われる必要がある。「〜をする」という積極的指導が次の諸行動について行われるとよい。

@話をしている人をまっすぐ見る。
A理解したらうなづく。
B今,聞いたことを復唱する。
C発言を要約する。
D発言の裏にある気持ちを考える。
E発言者のアイディアを当てにして聞いていたのだということをその人にわからせる。
F聞いている間は発言者の方に身を乗り出す。
G得心を示して微笑む。

・ピグマリオン効果
 子供に対して投げかけた期待がその子に伝わり,それに応えようとして子供が努力した結果,能力の伸びが見られる。児童理解に基づき,一人一人の特徴に応じた期待を投げかける必要がある。



第7章 学習の目標と評価

4 情意領域の評価

 従来の学習評価は,主として知識を中心とした認知領域に関して行われてきた。特に最近では,知識注入型の教育といわれるほどに,他の人格を軽視し,知の中でも知識の量だけを競うような学習をしいているといわれる。そのため,学習評価において高い評価を受けても,人間性に問題を持つ児童が現れたり,無力感におちいる子供が増えている。人格全体を評価するために認知面と情意面を総合的にとらえる視点が強く求められる。
 認知面と共に情意面についても評価し,学習評価が児童に好ましい影響を与え,学校教育が人間性を疎外することのないようにしたいものである。

・関心・意欲・態度の階層性
 情意的な心的過程は以下の段階に分類できる。
@外界からの刺激を受け,それに注意を向ける段階。事実・事象に興味を感じ,感動する段階。「興味・関心」。この中にもレベルがある(気づく→他と区別して注意を向ける→感動し,自ら求める)。
A一定の事象・事実に近づこうとする段階。「意欲」。「自ら進んでやろうとする」「やりとげようと努力し,成功に喜び,失敗に悲しむ」
B@,Aの段階を何度か経て,一定の事実・事象に対して価値づけが行われ,肯定・否定,好き嫌いなどの傾向ができあがる段階。「態度」。「価値を見いだす」「常にそれを優先して求める」
Cさらに広い領域にわたる価値の組織化がおこなわれ,どの面で個性を生かせばいいかという個性の自覚が進む段階。「このような方面に自分が向いている」「ある信念を持つ」 情意領域の階層的な把握は評価の観点を決めるため参考になり,学習の指導過程を明確にする視点ともなる。 


【考察】

 ここで語られる心理学は,自分が大学生のころに学んだ心理学とはかなり隔たりがある。何よりも子供の内面にまで迫ってその心のはたらきを明らかにしようとしているところに,人間的な温かみを感じる。認知心理学の視点で学習指導を語っているのだと読みとったのだが,コンピュータの発達にともなって確立してきた心理学が,それ以前の行動主義心理学であまり省みられなかった人間の内面に迫っているというのは,何とも皮肉な話である。
 本書の中で,これまで子供たちとの学習活動で経験的に感じていたことが,言葉となって論理的にはまっていくのは気持ちのいいものだ。学力の差違には記憶の容量が関係していることも,心理学的に学説として認められているということに,驚くと同時に「やっぱり」という思いもなかばする。 ピグマリオン効果,関心・意欲・態度の階層性など,日頃の子供たちとの関わりの中で心にとどめておくとよい多くの事柄について,示唆に富んでいる。
 出版は1991年であるが,現在大きく社会問題化しているできごとの原因の多くをこの中に見いだすことができる。心ある人に是非薦めたい一冊である。
 


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