奈良女子大学文学部附属小学校の学習研究発表会を見てきたよ

奈良女の受付はこんな感じ



先日、奈良女子大学文学部附属小学校において、学習研究発表会が行われた。
奈良女附小の今年度の研究主題は
「子供の表現と学習法」
学習法といっても、教授の仕方を方法論的にうんぬんするものではない。
むしろ、子供の内面にある思いをどう具体化し、表現させるかが、とても重視されている。
その教材について、どう考える自分がいるか、というような、
「自分の存在を確かめるための学習」が繰り広げられている。
しかも、情意に流されず、その考えの根拠となるところも明らかにしようという姿勢が、
先生からも子供からも伝わってくる。




奈良女子大学文学部附属小学校では,大正後期より児童中心主義に根ざす新しい教育組織を「学習法」と呼称し,その伝統を綿々と受け継いできている。
 そして,昭和23年からは学習課程を「しごと」「けいこ」「なかよし」の3領域に編成し,総合的な学習への取り組みがなされている。
「しごと」は,学習する中で,自分の思いを明らかにし高めようとする子供を,教科という枠を取っ払って育てていこうとするものである。総合学習の核に当たる部分である。「けいこ」は、自分の思いの表現を効果的に行うための教科的な力を高めることを主眼としている。「なかよし」は、学級を解体した(4年以上)小集団による実践的な学習。学習課程の中に位置付いている委員会活動といった感じだ。
 奈良女附小では,以上のような教育構造に立って、子どもたちが日々一歩ずつ前進するよろこびに支えられて成長していく場を展開している。
 


 


 寸劇と演技者の『気になる』ことをもとに、互いの話を聞き合うことによって、問題発見・解決につながる『快い刺激』と出会う授業である。 
 本時は、薬師寺金堂新築の思いを語る寸劇から、どのような願いを持って新築が行われることになったか、文化遺産である金堂を新しいものに変えてしまうことの是非、文化遺産とは誰のためのものかといったあたりで討論がなされた。
 3年生が、である。

○寸劇を取り入れることで子供の心に迫っている。問題を身近なものにとらえ,具体的に理解できる。 
○子供が授業を進めている。
 質疑応答を重ねる中で,問題を明確化している。
 是非を認める姿勢が育つ。反対意見でも根拠がはっきりしていたり,反論する機会の保証があったりするので聞き合う中で自分の思いが明確化する。

気になる木に葉っぱをつける



 デジタルフォトモとは、写真をデジタルに取り込み、風景、人物、動物等をジオラマ風に展開させた立体模型。子供たちは、身の回りの風景や空間のおもしろさに着目し、遠近感を考えた表現を工夫する中で、自分の思いにあった画像を作り上げていく。できあがった画像は、立体的に組み合わせることで、その子なりの表現がさらに高まる。
 とかく平面になりがちなコンピュータの画像を、立体的に再構成しようとするところに、この題材のおもしろさがあると思う。学習のねらいとコンピュータの特性が見事にマッチしているいい題材である。

作品例フォトモを作る子供




〈協議会〉 その子らしさを育む造形学習をどうつくるか

・コンピュータを使った造形学習としてどのよなことができるかを中心に考えている。今回取り組んだのは,手作業とコンピュータの融合教材である。

・子供は画像の編集遊びに興味をもってしまうので,立体的に組合わせることが,子供の願いに沿ったものかは疑問に感じている。
→子供は風景をそのまま使ったりせず,背景を自由に加工している。そういう活動の中にもその子らしさがよく表れて
いた。画像を加工する中でどう組み合わせていくかという思いを持つことができたのでは。

・子供の思いが止まってしまったときの支援のあり方。 
→「思い」は体験から形作られる。子供が何をしたいかをとらえ,それを認めていくことが支援になる。「思い」の引き出しのない子供はそれを開くことができない。積み重ねのない段階では,教師の助言・示唆(押しつけではなく)や友達との関わりの中で,その子の思いを明確にしていくことも必要。

授業風景(造形)





学習,実践の根幹は表現にある。主体として表現するのが目的であり,自分から進んで表現することにより,達成感・満足感がえられる。

・子供たちが多様に表現する学習材 
○子供がどんなことを表現したいかを教師がとらえるための媒介物となるのが 学習材である。子供が主体的に表現するための学習材は,生活に密着し,表現したがるような学習材である。 
 ex 箱ってどんな形だろう→サイコロキャラメル
   立方体の展開図=鳥に見えるよ→もっと鳥らしくしてみよう。
                  組み立てたら箱になるようにしよう。
・教師のはたらき
○表現する機会をできるだけたくさん用意する。技術指導の裏に,心を開かせる教師,学級のはたらきかけを
 ex 健康観察 自分がここにいるという一言を付け加える(口頭作文)
    言えない子には逃げ道を(「何を食べてきたかでもいいよ」)
○一斉に一つの表現法を求めることはしない。選択する中で最後までやり抜こうとする責任感,意欲がわく。
 ex スケッチブックをノートに使う→自分の歩みを広範囲に目に入れられる。
   台本づくり→読みを深めるために読みとったことをせりふにする。

・子供の表現をどうとらえるか 
○存在の基底に照らして観る  →教師の意をはずしても否定しないで,その子の発言の背景にある思いをくみ上げる。
○表現されたものの全容をとらえる  →言葉尻だけ聞くとわかっていないが,内面を突きつめると理解している。
                  「わかっていない」ことと「わかっていることを言えない」ことは別である。



☆考察

 結局は,様々なものの見方に対して,先生自身が固まらないことが肝要だということだ。子供の表現を受け入れ,認めあっていく中に表現の高まりがある。子供の興味関心が教師のねらいとずれたとき,それを無理に修正しようとすると子供のエネルギーがそがれる。それよりも子供の興味関心が向いた方に授業を展開していく方が,子供の表現力を高めるのではないか。



 

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