第2項  生活科の中の情報活用能力−小矢部市立蟹谷小学校の実践−



(1)小矢部市立蟹谷小学校について


 小矢部市立蟹谷小学校(以下蟹谷小)は,富山県小矢部市の南部に位置する,1学年2学級ずつの中規模校である。
 校舎は東京大学教養部をモデルにデザインされ,高台に位置するため小矢部市の中心部をゆったりと見下ろすことができる。

 児童玄関近くにコンピュータが2台設置され,バス通学の子供が,待ち時間に自由に活用している姿が見られる。コンピュータに日常的にふれる環境を整備しようとする工夫がなされている。


2年生活科「みんなのほしば山ランド」        −生き物はかせになろう−


(1) 題材について

 ほしば山とは,蟹谷小の後ろに位置する,豊かな自然でいっぱいの山である。この単元では,ほしば山にすむ生き物を育て,その変化や成長の様子に関心をもつとともに,見つけたことを表現する中で,生き物に思いやりをもって接し,自分と同じように命をもっていることに気づくことをねらいとしている。

校舎後ろに広がる「ほしば山」の全景。かなりの奥行きがありそうだ。


 子供たちは,1年生のときから,生活科を初めとして,ほしば山を舞台に様々な学習に取り組んできた。秘密基地を作った楽しさ,バッタやコオロギをつかまえた喜び,植物の季節による変化に対する驚きといった子供の思いは,ほしば山を身近なものに意識づける原動力になっている。

 本単元では,「ほしば山ランドを作って1年生を招待しよう」とはたらきかけることによって,子供たちは,さまざまな願いをもちながら,意欲的に採集,飼育,観察等の活動に取り組み始めた。そして「1年生にほしば山のよさを伝えたい」という思いが,活動の工夫や見直しをうながし,新しい発見を引き出していった。発見や驚きを繰り返すことによって,子供たちの「ほしば山をもっと知りたい」という思いが高まり「1年生にわかりやすく伝えたい」という意欲へとつながっていった。


(2) 授業の実際

 子供たちは,ほしば山の思い出を書いてマップに貼付し,どんなできごとがあったか話し合う中で,ほしば山に多くの生き物がいたことを思い出し,どんな生き物がいたか見つけにいこうとする意欲が高まっていった。実際にほしば山へ生き物探検に出かけ,さまざまな生き物を目にした子供は,昆虫,水生生物など「自分の好きな生き物をつかまえて育てたい」という思いを抱いていった。育て,観察していく中で,子供たちは生き物の成長や動きを驚きの目で見つめていた。

 そんな子供たちに「ほしば山ランドを開いて1年生を招待しよう」と投げかけることによって,自分の好きなほしば山の生き物のことを1年生に教えてあげたいなという気持ちが高まるとともに,ほしば山ランドの準備をする過程で,自分の育てる生き物についてもっと詳しく知りたいなという思いを抱く子供もでてきた。


 研究授業では,ほしば山ランドを開くために,見てもらう人に知らせたいことを,自分なりの方法で表現することをねらいに展開された。

 教師3人によるTTで進められたが,3人のうちの1人はコンピュータ指導という位置づけであり,コンピュータを使って表現しようとする子供に技術的,心情的アドバイスをする役割であった。子供たちは自分が育てている生き物の生活領域別(水性か陸生か)に,学年全体で二つの集団に分かれて学習を進めていた。

 導入では,「ほしば山ランドを開くための準備をしよう」という学習課題が提示されたあと,今日の活動のめあてをもつための話し合いがもたれた。ほしば山ランドを開くために必要な活動を考え,自分なりの方法で表現する,個別活動の時間が設定された。
 子供たちの活動と表現方法には,以下のようなものがあった。

(表 現 活 動) (表 現 方 法)
クイズを作ろう コンピュータを使おう
新聞にまとめよう 画用紙にまとめよう
博士になろう(もっと詳しく調べよう) 模造紙にまとめよう


 個別活動の時間になると,友達と話し合いながら,1年生でもわかるクイズを工夫する子供,ほしば山に出かけて生き物のための水をくんでくる子供,デジタルカメラの画像を使って新聞にまとめようとする子供など,子供たちは自分のねらいに向かって思い思いに表現活動を展開していた。

図鑑で自分の育てた生き物について詳しく調べる



 「1年生を招待する」という明確な目標があり,表現の対象がはっきりしているので,自分の表現が1年生にわかりやすいものかどうかを見直しながら,意欲的に活動することができたと言える。



(3) この学習での情報教育的なよさは何か

 この授業では,子供たちは自分の思いにあった表現の自由が保障されており,コンピュータを使うことが目的にはなっていない。コンピュータを使った子供も,デジタルカメラで取り込んだ写真を印刷し,それを画用紙の新聞に張り付けて使う子供から,画面の中で新聞を作る子供まで,その扱い方はいろいろであった。

 ここでは,コンピュータはあくまで子供の思いを実現するための道具として使われており,使っても使わなくてもどちらでもよいのである。情報教育的な学習を考えるときには,「それを選ぶのは子供だ」という先生の姿勢が必要なのである。


 この学習でのポイントは,表現の目的が「1年生にほしば山を紹介する」と明確になっていることである。対象が明確になることによって,子供たちは意欲的に活動に取り組むとともに,詳しく観察し,どんなクイズにするか悩み,子供たちはわかりやすく表現しようとする。「1年生だったら漢字はだめなんじゃないか。」などの子供からの発言に象徴されているように,子供たちが相手(1年生)の立場を考えながら,活動に取り組んでいた。



(4) この学習のねらいは何か

 コンピュータの教育利用を考えた場合,教科学習のねらいとコンピュータ利用のねらいをどのように関わらせるかが難しいところである。コンピュータを活用した学習の場合,最初は,教科としてのねらいと情報教育的ねらいの両方を考えるが,これらをつきつめて考えていくと,「目指す子供像」という点で,実は同じものなのだということに気づく。

 この授業でも,コンピュータの操作方法を学ぶことは目的ではない。この授業では,子供が1年生に「ほしば山」の姿を伝えるためにどんな表現をするかがポイントである。コンピュータは,子供が自分の思いを実現するための道具の一つにすぎない。コンピュータを使って表現しても使わなくてもよく,その選択は学習の主体者である子供に任されているのである。


「オタマジャクシはじっと外を見ている」



 ただ,注意したいのは,子供がコンピュータを選択的に使う道具としてとらえられるように,日常的にコンピュータを活用し,その中でコンピュータの利便さを感じる場面・体験が必要だということである。そういう体験を通して,「こういうときにはコンピュータが便利」「こういうときはコンピュータではない方がいい」というふうに判断できる力が育っていく。


 これからも,「コンピュータを使って表現する」という取組は数多く実践される。そのときに「誰に伝えるのか」「何を伝えるのか」が明確であるか,「わかりやすく」と一言で言っても「誰にとってわかりやすくなのか」を子供たちが意識しているかどうかで,その後の展開は大きく変わるであろう。
 そのためには「このように工夫したのはなぜ」というような根拠や意図,子供の思いや願いなどを引き出す支援が不可欠になってくるのである。

 また,自分の思いを表現する上で,紙にかいただけでは十分できなかった「試す」「選ぶ」「直す」という操作が,コンピュータの活用によって自由にできるようになった。納得がいくまで何度も直していく中で,自分の思いを明確にすることがコンピュータの活用を通して可能になったといえる。



 目次へ    前ページ    次ページ