Sasaの情報教育紀行
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2003年12月31日(水) 今年を総括してみると

 8:00起床。年賀状に住所を入れ、郵便局へ。直哉の書いた年賀状は南局へ。自分の文は、呉羽局で投函。大晦日は車の流れがなめらか。マイレージがたまったので、空港で特典チケットをもらおうと思ったが、オープンにはならないことが判明。がっかり。GS。ブックス中田。「小川未明童話集」等を購入。夕べがたたって、午睡。「宇宙皇子」は4巻でリタイア。

 紅白を聞きながら今年を振り返る。今年は、プロジェクトの参加を減らしたため、身体的にはかなりゆったりした1年だった。でも、精神的には、昨年度の余りのハードさがたたってか、なかなか元気のでない1年だった。沖縄大会でリフレッシュしたあたりから、気持ちも上向いてきたので、来年はこのまま上昇気流で行きたいと思う。気持ちが落ち込んでいた時期には、多くの方に迷惑をかけてしまった。数少ないプロジェクトでも、十分役に立てなかったと思う。この場を借りてお詫びしたい。すみませんでした。

 ほりたんのWebが全面リニューアルしていた。こういうのって刺激になるなぁ。来年は、がんばろっと。


2003年12月30日(火) 遅ればせながら年賀状を書いた

 朝から年賀状作成。夕べ写した直哉、茜の写真と、浅草で写してきた崇生の写真を加工して配置。近況を入れたりとレイアウトをいろいろ考えていると結構手間取ってしまった。
 6月にハードディスクがクラッシュして以来、たびたび困ることがあるが、今回も住所録データが一昨年のものしかなくて苦労。今年の正月に受け取った年賀状もどこかにしまい込んだみたいで、転居した人の新住所がわからない。届かなかったらごめんなさい。午後、南局へ。ほとんど一日仕事になってしまった。

 夕方、居眠りしてしまう。ここ2,3日こういう生活(いいのかな?)のんびりした年末。深夜、NHKで「映像の20世紀」の再放送。難民の特集があって、ブルガリア、ベトナム、カンボジア難民の極限状態を映像で次々と展開。百聞は一見にしかずにとはまさにこのこと。撮っておけば3学期に見せられたのに、残念。ニュースを挟んで放送された「JAPAN−明治・大正・昭和−」は録画。「戦争とはかくも惨いものだ」というのがよくわかる。最近の戦争報道は残酷な場面を表に出さないが、それでは、真実は伝わらないのではなかろうか。

 教室の子供向け年賀状を作成。印刷して眠る。27:00。


2003年12月29日(月) デジ楽富山班ブレインストーミング

 だんだん起床が遅くなる。日記の見直し。妙にアクセスが増えていると思ったら、堀田先生正來さんの日記からリンクが張られていた模様。どちらも、集中講義レポへのリンク。

 ぼんぼんでケーキを仕入れて、10:00〜熊野小。高橋くん、石黒さん、白江さん、渡辺さんらとデジ楽の富山班Web作成のためのブレインストーミング。高橋くんの談義でひとしきり盛り上がった後、ミーティング。1時間余りで方向性が固まる。テンポ良く、斬り合ってもそれが心地よい。12:30解散。(高橋くんがどれだけ話していたかは推して知るべし。笑)。

 高橋くん、渡辺さんと「プティ・レギューム」でランチ。なかなか手のかかったランチでよい。メインはチキンのトマトスープ煮。チキンは一度かりっと焼いたところにスープが振りかけてあり、香ばしさと歯ごたえとスープのうまみがうまくマッチしたバランスの良い味。ボリュームは少なめだが、ゆっくり食べたくなるので、ほどよい満腹感が胃袋を刺激する。もう一度訪れたい店だ。

 帰途、文苑堂でDVD。「パイレーツ・オブ・カリビアン」「戦闘妖精雪風(アニメ)」「マイノリティ・リポート」をレンタル。帰宅後、デジ楽でメンバーにアンケートを採るためのエクセルファイル作成。その後はもたもたと時間を過ごす。5人で「九頭竜」で夕食。

 「パイレーツ・オブ・カリビアン」を見る。TDLのカリブの海賊を彷彿とさせるシーンがいくつも出てきた。悪役たちが暴れるシーンでも残酷さを極力押さえていたりどこか憎めなかったりと、ディズニーの映画らしく子供も楽しめる映画だった。

 日記の訪問者が1000人を超えた模様。先月は400人弱だったのでかなりギャラリーが増加した。皆さん訪問ありがとうございます。堀美奈子さん@元日テレアナから、アンケートへのお礼メールが届いた。


2003年12月28日(日) 新しい機械で餅をついた

 午前中、餅つき。茜は大はしゃぎ。今年から新しい餅つき器が登場。モーターの加熱を防ぐためか連続使用ができない。昔の機械の方が質実剛健だった。片付けまで終わると、14:00に。

 茜とさんぽした後、郵便局。集中講義の内容をまとめて日記を書いている内に午睡。夕食後、堀田先生からのアンケート依頼に応える。さらに講義のまとめを日記にアップ。

 朝から、続々と集中講義についての感想メールが流れている。それぞれ立場が違えど、学び取った内容は共通。考えてみれば、全国プロジェクトに関わったり、文科省からダイレクトに仕事を受けたりしているような教員が大量に(もぐりだけど)混じっている大学の講義など、通常は考えられない。学生にとっては実に豪華な講義だったと言える。最もその価値は、彼、彼女ら自身にはなかなか伝わらないだろうけどね。


2003年12月27日(土) 山西先生を励ます会があった

 インターネットでバス時刻を調べる。出かけなくても、最寄りのバス停のダイヤがわかるのだから、恐るべし時代になった。バスで県民会館へ。


 9:30〜、集中講義「授業システム論」2日目。学生たちに、昨日の感想を聞くところからスタート。予期していなかったとはいえ、面白かったとしか言えない学生たち。「小学校の授業なら、具体的に言えなきゃ許してもらえなだろっ」とつっこみたくなるところだが、それでも昨日の最初の、無言・思いつきませんという返事から見ると進歩している。
 それにしても、大学生になる頃には、こういう受け答えしかできないようにしてしまう、中学高校大学の授業スタイルというのは、いったいどういうものなのか。講義の中に、先生がどこで許しているかで、そのクラスのレベルがわかる、という話が出てきたが、自分の授業もそういう視点で振り返らなきゃ。


 情報社会で我々はどういう影響を受けているかをプラスとマイナスに分けて考えるところからスタート。生活の中からといわれているのに、学生を含め多くの人の意見は、大きくて一般的で、自分の生活と結びついていない。堀田先生はそこをしっかり指摘し、自分に返って考えるよう視点を与えている。

 川岸さん@リコーを特別講師に(笑)、「企業の情報化に学ぶ」という講座。川岸さんの参加が決まったときから、ずっと構想していただろうに、それを川岸さん本人には伝えず、できるだけ素のままの反応を引き出そうとするところがにくい。また、川岸さんから企業=社会の変化がとらえられるような返答を引き出すためのポイントを突いた数々の発問(他部署との情報交換はどうしているのか、メールになる前はどうしていたのか、どうしてメールで情報を送りあうのかといった、周到に準備された畳みかけるような質問の数々)、企業から参加している人が生きるような展開、社会の変化が教育の変化とつながっていることを予想させるような展開。それに応えて、場面に必要な答えを考えて話す川岸さんの内容も素晴らしかった。昨日は、ワークショップを見ながら、川岸さんとどう関わっていけそうかチェック入れてたんだよね、きっと。ホント、堀田先生は策士だ(笑)。

 情報社会で必要となる能力についてグループ討論しA3にまとめる。今度は、4班1グループで発表会。各グループでは教員がコーディネータ。このあたりに来ると、学生たちはかなり慣れてきている。

 「ITがあると授業はどう変わるのか」を、グループで討論。いったん中断して、堀田先生が2日間の総括。ITで新しい技術が出てきても、授業の本質は変わらないこと、その変わらないところはどこなのかを具体的にシステムとして見極めておくことが、一番大事なところだと思った。授業はシステムとして最適化されなければならない。グループで付箋をA3にまとめたところで、午前の講義は終了。

 学生にとっては、世の中の変化を生活の変化でとらえ、自ら考えることの大切さを、教師にとっては自分の授業設計がシステムとして構想されているかの見直しを、企業人にとっては教育を商売にするなら教育の実態を知ってから進めるべきことをと、三者三様に学んだ半日だった。


 昼は、浜松石川組の皆さんと、第1ホテル地下「松川」で、氷見うどん御膳。14:00〜、全日空ホテルにて、山西先生VS堀田先生による対談「情報教育への道」。これまでの情報教育の流れについて、堀田先生が山西先生から話を聞き出す。昔話に話が咲きすぎて、これからの話を聞けなかったのがちょっと残念。
 昨日の講義中にも感じたが、自分が内留していたときに「もう少し先にはこうなる」と言われていたことが、今は現実となっている。当時、山極先生の講義で聴いたり、堀田先生とのプロジェクトで少し先の実践として取り組んできたことが、もはやほとんど日常化しつつある。最近取り組んでる、デジタルコンテンツの活用も、数年後には一般化するだろう。となると、これから先に、自分に取り組めることには、どういうジャンルのどういう道があるのだろうか?学校の情報化が進み、校務のパラダイムが変わることは予想がつくが、それは一人の実践研究でできることではない。情報化の進んだ学校でどういう実践ができるかについて考えたいと強く思った。(また、相談にのってください>堀田先生、高橋くん)


 そのまま、16:00〜、会場を別室に移して「山西先生を励ます会」、卒業生も多数参加し、とてもにぎやかなパーティー。久々に会った杉本君が元気そうで良かった。

 パーティー終了後、澤橋さんと歩いて「天狗」。集中講義参加者と懇親会。2年生が4人飛び入りで参加。高橋研究室へはいることを希望。大変だからやめた方がいいとみんなで言う(笑)。でも、学ぼうという気持ちがあれば、本物の近くで苦労するのも大事なことだ。ヒロさんも宴会に参加。学生たちからどよめきが上がる。来年は、祝い事がたくさんありそうな予感。浜松の皆さんと一緒に「昌五郎鮨」。白子、なまこ、白エビなど富山の味を堪能。美味しい店で良かった。國香号に渡辺さんと一緒に便乗。23:30帰宅。


2003年12月26日(金) 堀田先生の授業を受けた

 堀田先生のページからたどっていらした方は、翌日の集中講義記録もご覧ください。笹原のWeb「総合的な学習と情報教育」にも寄っていただければ幸いです。


 8:30学校。昨日持ち帰ってしまった鍵を届け、卒業式の歌の楽譜を探す。今年も子供たちの強い要望により「巣立ちの歌」を歌うことになったが、肝心の楽譜が・・・。


 9:30、富山大教育学部の2年を対象にした集中講義「授業システム論」をもぐりで受講。対象が教育実習前の学生ということで、教育に関してはほとんど知らない相手に、堀田先生が授業の中でどういう発問や指導をされるのかに興味津々。講義前に高橋研究室で堀田先生に挨拶しようとしたら、富山リコーの玉野社長、浦崎統括マネージャー、川岸さんの3人と接客中。お邪魔をしてしまって恐縮。名刺をいただいてさらに恐縮。

 講義は、グループ分け後相互に一人30秒の自己紹介からスタート。正規受講生ともぐりの教員とを組み合わせ、学生の中からリーダーも決めてある。その組み合わせと選択に既に強い意図を感じる。いったん席に戻って、今度は、一人10秒で全員の前で自己紹介。先ほど使ったネタは使えないことを条件にする。次第に雰囲気が和むとともに、互いに分かり合えていく。大勢の教員が現れてとまどっているであろう学生たちを和ませるとともに、我々に現在の学生の実態を悟らせてくれる展開の工夫が素晴らしい。(後に、「あれはエンカウンターだったんだよね」と言われて納得)
 
(ほりたん)「最近の子供たちが自分たちの頃と違ってやっていること」
 学生から順に、高校教諭、中学校教諭へと、質問していく。
(ほりたん)「パソコンを使って何をしているか。」
あてられて黙り込む学生、思いつきませんと言ってかわす学生など、小学校の授業では考えられない反応が多数あった。中学校以降の授業スタイルが、いかに自分の考えを求められることがないかが伺われる一瞬であった。

 堀田先生の切り返しには緩急がある。単に一言で流すところと、ここぞというところで詳しく切り返すところがはっきりしている。おそらく相当いろいろなパターンを想定している。学生の反応を受けて、自分が話題にしたいことを引き出していく様は、マジックを見るようだ。

(例)学生「E-mailで外国の子供と文通している」
   堀田「あなたもしているの?
   学生「・・・。」
   堀田「小学生はできる?英語ができるのかな?」
   学生「インターネットのあるサイトにつないだら、勝手に翻訳する。」
   (ここですぱっと切って)
   堀田「高校の先生がいましたね。高校はどうですか」
   教師「生活科が始まったこと。総合があること。英語を学んでいること・・・」
   堀田「高校は変わりましたよね。どう変わったか話してください」

 参加している教師の経験をうまく活用して、学生だけではわからない事実もどんどん引き出していく。参加するからには、自分も主体的にならざるを得ないような学習過程になっているところも見習うべきところである。

 NHK「えいごリアン」「体験メディアのABC」を見て解説の後、グループで演習。「情報化に対応した授業はこれまでと何が同じで何が違うのか」をテーマにワークショップ。書き出した付箋をA3に整理してポスター化。2グループで評価しあい、勝ち残ったグループでさらに評価しあうトーナメント方式。消極的だった学生も関わらないと先に進まないシステムが面白い。発表があるのでまとめも真剣。

 菅原実践を取材した番組ビデオを見て、これまでにも行われていたこと、デジタルが変えたことを見つけるワークショップ。ひとつのコマの中に必ず作業が入っている。


 12:00〜休憩。学校に寄って「巣立ちの歌」の楽譜の有無を尋ねる。校長Tに家に取りに行っていただくことになり恐縮。「赤い羽根共同募金」に入金。校務処理のため、菅原実践についての発表は聞けず。14:00頃、午後の講義に合流。


 最後のコマでは、授業をシステムとして考えるとはどういうことかについて、これも演習を交えて考える。今日一日の流れが、まさにシステム化された授業で、自分から学ばなければざるを得なくする展開、緊張をほぐしたり考えを深めたりするための細かい配慮や指導、学生も教員も誰もがお得をする(でも、聞くだけという態度は許されない厳しい)学習方法など、デザインされた授業を見れば、授業システムは一目瞭然。やはり参加して良かった。

 演習では、学生のためになるようにもぐり参加者は配慮しながら討論しなければいけないわけで、そういうメタ認知を効かせながら討論に参加するという経験もまた、貴重なものであった。班分けはその辺も考慮して行われていたように思う。「授業」の定義を考えたのもよかった。日頃考えないでやっていることをもう一度見直した方が良いという警句である。


 堀田先生を全日空ホテルに送り届けて、いったん帰宅。bk-1から、「授業研究入門」が届いていた。先日届いた「人間になれない子どもたち」「ベネッセが見た教育と学力」と積ん読本が増える。

 18:30〜、カフェ・イン・ザ・パーク@全日空ホテルで懇親会。多いに盛り上がる。マーレイからの留学生スティーブンと同席するがほとんど話せず、英語が話せるといいなと実感。21:00頃解散。中條さんとブリックハウス。ホテルに送り届けて24:00帰宅。雨は雪に変わっていた。


2003年12月25日(木) 日直勤務だった

 日直勤務。校内巡視の後、飼育当番に来た子供たちと飼育小屋の掃除。ふんだらけのうさぎかごを大騒ぎしながら水洗いした。学年会計の処理。計算がなかなか合わず、手間取ったあげく重大な間違いに気づく(ま、業者さんのミスだったのだが)。教頭Tと相談して解決。丸く収まって一安心。

 午後、友情絵はがきの払い込みに下村郵便局へ。すごく近くて驚く。帰りに校区巡視。今日は冬には珍しい快晴だったが、子供たちの姿は見られず残念。立山連峰は鮮やかだった。学級経営案の反省記入。文書交換でやってきた書類の受付など、日直も結構忙しい。5:00退勤。

 茜を保育所に迎えに行ったら、ちょうど眠ったところだった。夕食は、具に様々な材料を買い込んでお好み焼き三昧。お腹がふくれすぎて眠くなる。


2003年12月24日(水) 今日で2学期は終わり

 夕べは、結局ほとんど眠らず。(^_^;)
 9:00〜、終業式。児童会から「冬休みのめあて」。麻生Tが冬休みの生活指導。「くちさけ寒江っ子になろう」がよかった。学級指導の後、全ての荷物を持って下校。1週間前から呼びかけていたが、今日になって結構な荷物を抱える羽目になっている者がおり、苦笑。終わってしまえば弾丸のように2学期は過ぎていった。一人一人はどのような思いを持って家路へ向かっただろうか?

 午後からは、ひたすら学級事務。一覧表を清書。途中、猛烈な睡魔に襲われ、20分ばかり意識不明に(笑)。16:50終礼。さらに事務をして、18:45退勤。家でクリスマス。夜は早々に就寝。久々にハードな2日間だったが、この方が何だか調子がいい。JAPETから、もう1実践出せないかとメール。この日記を読んでいらっしゃるのかしらん(^_^)/。


2003年12月23日(火) 大阪へ日帰りした

 4:00起床。タクシーで富山駅。始発のサンダーバードで大阪へ。内田洋行大阪支店。大変だったが、有意義な一日。良いものはよい。丸くおさまって良かった。木原先生の指導を受けているという大阪市立大の院生廣瀬さんと一緒になる。16:00過ぎに解散。17:42発のサンダーバードで富山へ戻る。

 帰宅すると、「紀雅(のりまさ)」の鱒寿司が待っていた。肉厚でマリネっぽい鱒は、噂にたがわぬアバンギャルドぶり。好き嫌いの分かれるところかも。

 後はひたすら校務処理。明日で、今学期も終わり。


2003年12月22日(月) 129回目の創校記念式

 2限創校記念式。今年で129周年。3,4年生が今年の総合で取り組んだ地域についての研究を発表。3限総合。これまで調べてきたことを基に現時点で考えていることを発表。3学期は自分たちに何ができるかを考えて働きかけていくことに。4限は、学級集会。イベント力を高めるのも、3学期の課題か。放課後は、学級事務。会計の数値が会わずに一苦労。

 夜は「しゅん屋」で職場の年末懇親会(^^;)。第1ホテルで2次会。同業他社も多数出ていた模様。23:00にお開き。富山駅で明日のチケットを買おうとしたら、窓口は閉まっていた。


2003年12月20日(土) ムービーメーカーでビデオクリップをつくった

 午前中、画像編集ソフトをインストールしながらメール処理。23日は内田洋行大阪支店へ集合という連絡が入る。予想はしていたが、やっぱり行くのね。校務処理を進めておかねば・・・。

 午後から、文科省IT授業実践ナビに送るためのビデオクリップ編集にかかる。インストールしたソフトではWMV形式では保存できなさそうなので、ムービーメーカーを使うことに。授業映像をざっと確認し、構成を考え、なおかつ初めて使うソフトの操作も手探りと、1分のクリップを作り終えるのに、1本目は4時間近くかかってしまった。その後も、手探りで新しいことをしようとするものだから、1本あたり1時間弱かかる(要領悪いよね)。画像編集するには、もう少し高スペックのマシンがほしい。ムービーメーカーはXP標準装備とはいえ、一般的な機能は十分の優れもの。これだと画像編集ソフトメーカーは商売あがったりだね。

 ITナビには1実践送れば良かったのに、勘違いしていて、2実践分のクリップ(合計6本)を作ってしまった。デジ楽でも動画が必要らしいので、そちらで活用することにする。動画をWebにアップし、実践報告を作成して、JAPETあてにメール送信。遅れてすみません。なんだかんだで27:00就寝。

 今回、自分の授業を初めて細切れで見ることになったが、見れば見るほど、気になるところがでてきて反省することしきり。子供への言葉のかけ方など、日頃の指導が甘いことが露見。今回は、仕方なくそういう場面も入っているが、いつ撮影してもそうならないようにしなきゃ。


2003年12月19日(金) 小学校で扱う現代史

 2限社会。中学年用副読本「わたしの富山」に掲載されていた終戦直後と戦後復興期の写真を、プロジェクタで提示。よい資料は学年をまたいで活用できる。社会は足踏みしすぎだが、総合との絡みを考えると、端折ることはできなかった。戦後史ももはや50年をこえているのだから、教科書での扱いがもっと増えてもいいように思う。生活の中で現代社会の歴史にふれることは、今の子供たちにはそれほど多いことではないのだから。

 3,5限は総合。今学期の調べ学習の時間は終わり。国際理解をテーマにした学習では、実際にそこへ行くわけにはいかないため、疑似体験の繰り返しだったが、意識の上だけでもいかにリアルな活動に取り組めるかをずっと考えてきた。食べたことのない世界の料理を味わうためにレシピ通りに作るとか、難民の食事を3日間体験するとか、そういう活動の積み重ねが、実際のところはどうなのだろうと考える原動力になったと思う。

 4限はスーパーマットワールド発表会。5,6年合同で進めてきたが運動系は人数が多い方が刺激も多くて良い。教頭先生主導で3人TTというのも、安全指導が行き渡って良い。発表会では、全てのマットを敷き詰めて体操競技会場のようにし、全員の前で1人1人演技する。各団から2人ずつが審査員となり各自5点、合計40点満点で判定する(審査員は順番を決めておき毎回交代する)といった展開で大変盛り上がった。教頭先生の体育指導は、大変参考になる。TTだと、それぞれの得意分野の技を垣間見ることもできるし、自分の指導についてメタ認知できるきっかけにもなるのがよい。

 5限は後半に、卒業アルバム用個人写真撮影。ブラスバンドの集合写真。子供たちの帰した後、アルバムの内容について打ち合わせ。今年度から、アドビのイラストレータを使って編集をするとのことで、画像の加工やイラスト活用などもできるようになったようだ。堀フォートさんにとっても新しい試みなので、いろいろと注文をつけてほしいと希望された。その後、懇談会1件。

 学級事務をしながら、堀田先生からのヘルプメールに応えるため、過去のやり取りを振り返ってみる。たくさんのエキスをいただいて、今の自分がつくられているのは間違いないが、ダイレクトにアドバイスを受けた言葉がなかなか思い浮かばない。堀田先生の言葉からは、インスピレーションで他の悩み事が解決したり、違った視点で考え方に反映していったりすることの方が多い。あうんの呼吸みたいなところが多いのだなと思い返す。まぁ、そういうことを分析的に表せないのは、まだ修行が足りないのかも。


2003年12月17日(水) 懇談会(2日目)で勇気づけられた

 昨日、ネットワークが落ちて、どのコンピュータからもサーバはおろかプリンタも何も見えないという症状で、PING飛ばしても半分だけ反応したり何の反応もなしだったり、という状態だったので午前中にNTT来校。ネットワークの状態を確認されるが、実は、来校直前になぜかネットワークが復旧。絶好調に。おかげで、原因は特定できず。ただ、サーバが8月3日以来、データのバックアップを全くとっていないことが判明。場合によっては、サーバの交換ということになるかもしれない。写真データが大量にあるので、ちょっと心配。サーバの点検に結局午前中一杯かかり、さらに再度来校されるらしい。
 
 午後は、個別懇談会2日目。勇気づけられた。
 


2003年12月16日(火) 個別懇談会の日にネットワークがへそを曲げた

 朝から、ネットワークが絶不調。インターネットはおろか、プリンタの印刷さえできたりできなかったりする状況。サーバへのアクセスもできない。再起動してみても状況は変わらず。校内LANも活用が進むと、ライフラインと同じような存在になることが図らずも証明された。

 午後、個別懇談会。身の引き締まる話があったり、身を引き締めて頂いたりと、中身の濃い時間になった。明日もう1日がんばろう。

 懇談会中に、IUKが来校。ネットワークを確認するが、問題はむしろサーバにありそう(予想はついていたが)ということで、NTTに連絡を取ってもらう。明日来校してもらえることに。


2003年12月15日(月) 20世紀の記録・広島県を見た

 社会科では、NHKの番組「20世紀の記録・広島県」から、戦前の広島の町の様子と、原爆投下後の町の様子を提示。戦争で市民の生活がいかに大きく変化したのかを考え合う。あとは、今日も学期末モード。

 16:00〜、職員会。冬季休業中の勤務等について。終了後は学級事務。19:20頃退勤。夜は家でも学級事務。今夜が山場。


2003年12月14日(日) ふたご座流星群を見た

 午前中、直哉の自転車を購入。10:30頃康子は職場へ仕事に。自分は行きがかり上、茜と「ウインディ」へ。温水プールと温泉と美味しいもの三昧。15:00にウインディを出て、今度は細入の道の駅「林林」へ。公園で遊んだあと、みたらし団子を購入して帰宅。夕食後は寝込んでしまう。

 20:00頃、2階の部屋の窓からふたご座流星群を見る。10分に1個程度とのことだったが、結構流れていた。でも見ている内に再び熟睡。


2003年12月13日(土) 年始の旅行のチケット入手

 崇生、直哉と3人で遅めの朝食。JR富山駅のTisで、年始めの家族旅行のチケット入手。4日のいい時間のチケットがひょっこり手に入る。仕事用に、セーター、コーデュロイパンツ等を入手。なんだかんだといろいろ買い込んで、家に戻れば、16:00近く。今朝変な時間に起きていたためか、いつの間にかうとうと。夜は早々に就寝。


2003年12月12日(金) 漢字チャレンジテストを実施した

 2限、社会。第2次大戦時の世界の状況について理解する学習。ヨーロッパ戦線関係の動画を準備していなくて提示できなかったのが残念。今日のコンテンツは、真珠湾攻撃に向かう日本海軍と、攻撃を受けて炎上しているアメリカ海軍の軍艦の2本。日米双方の立場で撮られた動画を同時に見ることができるのはすごい。でも、見ている子供たちには、それがいかにすごいことなのかはあまり意識されない(できない)のも事実。だからこそ、メディアリテラシーが重視されているのだろう。

 3限に、漢字チャレンジテストを実施。漢字大会と同じく、上の教科書全部が範囲であったが、満点が2名いた。再チャレンジは5名だが、そのうち3名は合格ラインまであと2点だった。もう一息だったのに残念。漢字大会ではかなりの高得点だったが、使わない漢字はやはり忘れていってしまうのだよね。次回の踏ん張りに期待。

 放課後は、来年度の異動希望についてヒアリング。学級事務。帰宅後、寝込んだ茜を布団に入れて一緒に横になっていたら眠り込んでしまった。目覚めれば24:00。その後、メール処理とたまっていた日記を書く。「エンピツ」の日記書き込みインターフェイスが改良されていた。かなり使い勝手は向上した。画像も貼れるようなので、早速試してみた。石垣島の川平公園にて康之さん撮影。


2003年12月11日(木) 中村先生と一緒に美味しい肴をいただいた

 1限社会。日中戦争が始まる経緯について理解することをねらいとした学習。CECのサイトにある動画コンテンツを提示し、どこの国とどこの国が戦っているのかを問う。子供たちの意識には、アメリカと日本が戦ったことはおぼろげにあるが、中国との戦いが日清戦争以後にもあったことはあまりイメージされていない。上海攻撃や避難民など当時の様子を見ることによって、なぜ中国と戦い、どのようにそれが進行していったかを関心を高めることができたと思う。

 2限、5年保健の公開授業。ロールプレイを入れることによって、心のはたらきを体験的に考える学習。道徳との違いは、場面に遭遇したときのどう振る舞えるかを理解しているかどうか。ロールプレイでの体験により、頭では理解していることを言葉や態度で表すにはどうしたらよいか(ライフスキル学習)を考えることができたように思う。興味深い実践だった。放課後に事後研修会。

 5限、県下一斉に実施されるという計算チャレンジテスト。6年生前半の学習内容について習熟度合いを確認。多くが合格ライン(80点)に達し、満点も4名。よく頑張りました。再チャレンジ組も少し復習したらわかっていきそう。初の試みということで、学年間で問題の難易度に違いがある感じがした。これから改善されていくとよいと感じた。

 18:30高橋研究室で、中村先生@三重と合流。高橋くん、渡辺さん、康之さん、高橋研の学生諸君と「菜」で懇親会。相変わらず陽気で楽しい。中村先生は中高の情報担当者研修会のために来県。情報教育への理解と実践に温度差があることを心配していらした。代行待ちの間、渡辺さんと「のら」へ寄り道。でも、、根が生えてしまって帰宅は24:00(笑)。


2003年12月10日(水) これまでの学習が有機的につながっている

 粛々と、学期末モード。

 2限社会は、これまで調べてきた戦中のくらしについてわかったことや感じたことを発表。断片的な事実も総体になると当時の暮らしが見えてくる。満足に食事を得られなかったことや、空襲の恐怖、使っていた防災用具の稚拙さなど、当時の写真などをプロジェクタで提示しながら様々に発表していた。その後、CECの動画コンテンツの中から、銃後の生活の様子がうかがわれる画像を提示。学校での授業風景や集団疎開の様子など、今のくらしとの違いを実感的にとらえることができた。さらに、これら発表の中から感じたことを、総合での難民の食事体験と結びつけて考える、単に大変というのではなく「過酷」という言葉で表現する子供もおり、これまでの学習が有機的につながっていると感じた。
 
 放課後、中学校の生活パネルが回収されていった。


2003年12月09日(火) 中学校の生活をまとめたパネルを見た

 呉羽中から、中学校の生活をまとめたパネルが届く。総合の時間にでも製作したのだろうか。だとしたら、対象がはっきりしていて、見せる必然性もあるし、学校紹介をどうまとめるかという実践力も養えるミニ単元としてはなかなか面白い。

 3限総合。ちょっと中だるみか。これからの方向性を話し合って、実践へとつなげたいものだ。6限にクラブと委員会の卒業アルバム用集合写真を撮る。手際よく準備してあり、大体時間通りに終えることができた。放課後はワークの採点等の学級事務。空いた時間にメールで川コンテストプロジェクトの打ち合わせ。事務的な仕事を片づける。

 帰宅後は、岩波新書「未来をつくる図書館」を読み進む。ニューヨークの図書館は単に本を借りる場所にとどまらない。たくさんのボランティアがいて、たくさんの篤志家の寄付があり、研究・企業・教育などありとあらゆる活動に利用されている。例えば国会図書館がはたしてこういうような機能を持つことができるのか?

 科学未来館で手に入れてきた、首を振る犬のペーパークラフトを作ってみた。こういうちょっとした教材みたいなものが、欧米では充実しているんだよね。きっと。


2003年12月08日(月) 学研の保健教科書はライフスキル学習の流れをくんでいる

 昼休憩時に、木曜日の保健授業について検討。短い時間だったが、方向性が決まる。心の成長について道徳と保健の差異をどうつけるかがポイントになりそう。今の保健教科書は、ライフスキル学習の流れをくんでいる感じ。しっかり読むと面白い実践ができる。

 放課後は、生徒指導委員会&就学指導委員会。話題は尽きず終了は遅くなる。でも、とても大事な時間だった。その後、今年度から県下一斉に行われる計算・漢字チャレンジテストについて共通理解。持ち込みが増えたと考えるのではなく、これをうまく利用して、基礎的な力を伸ばせるようにできるとよい。県の教育プランは着実に実行されているが、そのプランの中に情報教育に関する項目があまり多くないのが気にかかる。重点化されていないのだからやる必要はないのだと、勘違いしたり、言い訳にしたりすることがなければよいのだが。


2003年12月07日(日) 忙しさは雲泥の差

 引っ越しのどさくさで、崇生の部屋に置いたままだった書類棚を、午前中に移動。ふと思い立って、去年の今頃は何をしていたのかと日記を振り返ると、何だか超人的なスケジュールをこなしていて、われながら驚く。今年は、じっくりゆっくりさせてもらった。その割にインプットが少なかったので、残された今年はできるだけ読書に勤しむことに。午後からは書類棚の整理。しかしあまり片付かず。夕方、ファボーレの無印で買い物。

 都田小の研究会が2月20日(金)と堀田先生に教えてもらったけど、この日は、退勤後、職員旅行(富山的には「首洗い」という)に行くため参加できず。今年度は、浜松が結構遠い。県外出張は、6日の熊本大附属小か、10日の三鷹第1小のどちらかか。九州行きがOKになれば「2005年の会in九州」にも参加できる。

 沖縄大会の論文をPDFで公開してみた。


2003年12月06日(土) 堀川保育所の生活発表会を見た

 堀川保育所の生活発表会。今年の劇遊びは「♪よーくかんがえよー♪」とか縄跳びをするときに「燃焼系、燃焼系、ア〜ミノ式」とか受けねらい(?)が結構入っていて先生方の感覚も変わってきているのかなと感じた。せっかくやるなら見ている人も楽しんでもらおうという感覚か。茜は今年はしっかり演技していた。「どんな色が好き」「さんぽ」を歌うときの口の開け方は花丸。

 午後から、「宇宙皇子」を読んだり(2巻を終えて3巻へ)、居眠りをしたり。夕食後は、クラシックを聴きながらWeb更新。久しぶりにファリャの「三角帽子」を聴いたら血が騒いだ。沖縄大会の論文をPDFで公開。崇生と「万里」で夜食。


2003年12月05日(金) 5年保健授業の部会研修と「宇宙皇子」

 昨日購入した「宇宙皇子」を朝活動から読み始める。舞台は壬申の乱後の日本。SFっぽい考証も似合う時代だ。2限社会科。太平洋戦争前後の国民生活について調べ学習。カリキュラムからはかなり遅れ気味だがここは日本人の必須。5限算数。100マス計算は日に日に向上。比例のグラフの使い方をプロジェクトを使いながら確認。6限は代表委員会。冬休みのくらしの約束やめあてを討論。

 放課後は、京角さんがTTを務める5年保健提案授業の部会研修。意図はくみ取れるのだが、子供の意識を意図とつなげるためアプローチの仕方に悩む。月曜に持ち越し。終礼後、プレゼンコンテスト関係のメールをいくつか。中川さんも心配している。軌道に乗るとよいのだが・・・。文科省からIT授業ナビに関連して著作権の確認に関する書類が届く。メールが受理されていたことが分かり一安心。

 帰宅後、「宇宙皇子」を読み耽る。1巻は読了。先は長いけど。


2003年12月04日(木) IT授業ナビ2と学校保健委員会

 1限社会。IT授業ナビのためのビデオを撮りながらの授業。今回は手助けが得られなかったので撮りっぱなしにした。戦争の頃の民家の写真から気づいたことを出し合い、この頃のくらしについて調べるための課題を見つける時間。民家の写真はクリッカブルマップのWebにし、気になるところをクリックすると拡大して見えるようにした。前回よりも大きめのスクリーンを使って、細部まで見やすくし、ワークシートの写真と提示する写真も一致させた。前回よりはかなり反応がよくなったし、細部を拡大してみせることで新しい発見があった。その発見が、ガスマスクであったり、兵隊をかたどったおもちゃであったりと、戦前戦中が戦争を中心に動いていることを予感させる手だてとなった。

 4限、河上T@3年の理科公開研。身の回りにあるものから体験しながら電気を通すものを見つける学習。子供たちは、自分の予想を基に集中して実験に取り組んでいた。3年生であれば、根拠を明らかにしながら予想するとか、正しい方法で実験するとか、今後につながるような学習のスタイルを身につける時期だと感じた。理科の基礎基本は何かを考えるよい機会になった。

 5限に学校保健委員会。京角さんと6年生保健委員が、歯についてのアンケート調査結果や、虫歯はどのようになってしまうのかなどについて説明。わかりやすくてよかった。

 放課後は、理科研究授業の事後研修。勤務終了後、大場先生に借りてきていただいた本を、県立図書館に返却。ヤマダ電機でDVテープを購入。ついでに寄った「Book Off」で、宇宙皇子10巻セットが500円と破格だったので購入。でも読むまもなく、夜は就寝。


2003年12月03日(水) デュマの「王妃マルゴ」

 6限、デュランさんとの英語活動は6年単独だった。学習内容は、月の読み名と、天気の言い方。人数が少なくて、発音する機会がたくさんあってよかった。文を言う中から月の名前を聞き取る問題が、ネイティブな発音を慣れるのによいと思った。デュランさんは、かなり速く自然な発音で話すのだが、かなり聞き取ることができたのがうれしかった。

 しばらく前にA・デュマ「王妃マルゴ」を読み終わった。19世紀初頭の文学だけあって、言い回しには現代では使われないところがあったり、戯曲風に人物が登場するところがあったりと、翻訳するのがかなり難しかったであろうと感じるところが要所にあった。しかし、そういう問題を乗り越えて一気呵成に読ませる作品の勢いがある。大時代がかっていながら、スピード感のある展開が心地よかった。


2003年12月02日(火) ネットワークが不安定だった

 今日は朝から、職場のネットワークが不調。何度も外につながらなくなる。3限、算数。始めに「あまりのあるわり算100題」に挑戦した。多い子供で4分間に35問程度。これから4ヶ月かけて、できるようになるのが目標に。4現、総合。学習発表会後の感想と今後の課題を確認した後、調べ活動に。子供たちの調べる視点が以前よりもずっと深まっている。キーワードの選び方や情報を探すセンスも磨かれてきているように感じた。(分析すると面白いかも)。このときもインターネットにつながらず、サーバを再起動する羽目に。どうしたんだろう。

 大場司書を通して借りていた総合関係の本を県立図書館に返却。退勤時間にすぐでれば、図書館に余裕で間に合うこと初めて知る。帰宅してみれば、「十二国記」を放送していたのでついつい見てしまう。ストーリーの先はまだ長い。

 NHKプロジェクト、デジ楽、全国プレゼンコンテストなどにメール。各プロジェクトも押し詰まってきて展開中。11月の紀行を取り込んで、自分のサイトに置いた。


2003年12月01日(月) 鬼に金棒

 読書旬間も終わり月曜の朝活動は基礎学習の時間。五福小の実践に刺激を受けて早速、視写の学習をしてみた。これから毎週やってみよっと。5限、学活にこれからの60日間をどう過ごしたいと話し合ってみたところ、算数の力を高めてから卒業したいという話が出てきた。卒業までには、漢字と計算の基礎の力はしっかり高めたいと思う。それと、総合で身に付いてきている力がマッチしていけば鬼に金棒だろう。

 高畠さんのお父様が亡くなったとの回送FAXがあり、通夜へ出席のため、オークスセレモニーホール高岡へ。寒江から高岡はさほど遠くなかった。高畠さんは金曜の研究会にも参加していらしたくらいだから、かなり急なことだったとのこと。お父様の冥福をお祈りしたい。

 帰り道に、高岡の有名店「麺華山」へ。21:20頃帰宅。帰ったらそのままダウンした。


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